映画'オーケストラ'に感動 [映画]

フランス映画「オーケストラ」(原題:Le Concert) を見ました。オーケストラになりすます、というWOWOWの紹介文に興味を示して単純にテレビのHDDに録画しました。このテレビはHDD、Blu-Rayプレイヤーの一体型で簡単に録画できるので見境もなく様々な番組を録画していました。それを整理・削除しようとしたときに、この映画を見たのでした。そのとき整理することも忘れてドンドン引き込まれていったのです。(以下ネタバレだらけです)

ボリショイ劇場の清掃員アンドレイ、30年前にあることが原因で清掃員となったが、実はボリショイ・オーケストラの天才と言われた主席指揮者でした。今はその職を追われ支配人にこき使われる毎日を過ごしています。ある日支配人の部屋を清掃している時にFAXが入ります。パリ、シャトレ座の劇場支配人からの出演依頼だったのです。

この依頼をボリショイの支配人に知らせることなく、彼は突拍子もないアイデアを思いつくのでした。同じように解雇された楽団員たちを集めてオーケストラを再結集しパリに乗り込もうと。このアイデアをチェロ奏者だったサーシャに打ち明けます。彼の今の仕事は救急車の運転手、その救急車でかつての楽団員を訪ねて廻りますが、かつての仲間たちはたくましく生きていました。タクシーの運転手、博物館の学芸員、市場の店員、はてはポルノ・ビデオの音楽担当等など。極めつけがロマ(ジプシー)の頭領!! この頭領、なんとかつてのオーケストラのコンサート・マスターです。

夜、アンドレイは物入れの中を探り、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲の楽譜を取り出します。パリでこれを演奏するのだと。又、一人の美しいバイオリニストのCDに見入るのでした。

 アンドレイは彼のコンサートを潰した経歴を持つ、かつてのボリショイ劇場支配人で共産党員のイワンにマネージャーを頼みます。フランス語ができるイワンに頼む以外に無かったのでした。イワンはイワンで共産党のかつての栄光を取り戻そうという別の目論見があり引き受けたのです。イワンは翌日アンドレイやサーシャと共にシャトレ座の支配人、デュプレシに電話しますが、そこは汚いボリショイ劇場の地下、一方のデュプレシは明るく清潔な支配人室、この対象がなんともおもしろい。協奏曲のソリストを問われアンドレイは実力派のアンヌ=マリー・ジャケを指名するのでした。

渡航費を工面し、時間が無い中、空港でビザを偽造する始末。パリについてもかつての楽団員たちは自分の商売に繰り出すドタバタを演じ、リハーサルに姿を現しません。一方のアンドレイは打ち合わせを兼ねてアンヌ=マリーと食事を共にします。アンドレイがチャイコフスキーのバイオリン協奏曲にかける思いを、かつての不幸な経験を交えて(その内容故にウォッカを相当飲みながら)アンヌ=マリーに打ち明けます。それにショックを受けたアンヌ=マリーは共演を辞退してしまうのでした。

それを聞いたサーシャは翌日、アンヌ=マリーを訪ね再度共演を依頼するのですがアンヌ=マリーを翻意させる事が出来ず立ち去ります。「共演すればご両親のぬくもりが感じられるだろう」という謎の言葉を残して。アンドレイがアンヌ=マリーに惚れ込んだ理由の謎、サーシャの不思議な言葉にも関わらず、長年映画を見てきて伏線に気がつくはずの私にもうっかり気がつかなかった重要な場面でした。

この事態にアンヌ=マリーの育ての親でもありマネージャーのギレーヌが、共演を引き受けなさいという手紙を残して姿を消します。レアというソリストが残した協奏曲の楽譜を残して。

コンサート当日、楽団員はパリでの内職でなかなか集まりません。そしてイワンもフランス共産党の大会に出席して演説をするべくシャトレ座を出ようとします。そうしたイワンとアンドレイは口論になります。アンドレイは「お前はエゴイストだ」と批難するイワンに向かって言います。「違った人々が違った楽器を持ち寄って一つの目標、コンサートの成功を目指すことこそ共産主義ではないか」と諭すのです。

いよいよコンサートが始まりますが、30年ものブランクのせいで序奏は惨憺たるもの、観客は訝しげ、支配人のデュプレシは頭を抱え、アンヌ=マリーも怒った表情です。しかしあのドキドキするヴァイオリンの独奏が始まると楽団員たちの顔つきが変わります。「あー、あの時そのままだ」とでも言うように。アンヌ=マリーもその変化に気づきます。他のブログでも絶賛されているこの映画最後の12分間です。ここでソ連共産党=ブレジネフによるユダヤ人迫害でコンサートを潰されたこと、ユダヤ人だったレアとイツハクの夫婦がシベリアに送られそこで死んだこと、レアがアンヌ=マリーの実の母であること(これを書きながら又涙が出てしまいます)がモンタージュされます。演奏中のアンヌ=マリーもそれに気がついていきます。潰されたコンサートの場面、レアの演奏姿が実に美しい、自信、気品、自分の演奏にうっとりしている姿です。そしてシベリアに送られてからもこの曲が忘れられずヴァイオリンを弾く真似をする痛々しさ! この場面では未来の彼らもモンタージュされています。一流オーケストラとなって世界各地を廻る姿。長い迫害の歴史を乗り越え自信を得た彼らが映し出されます。

最後までヴァイオリンとオーケストラの緊張感のある掛け合いが続くこの曲も最終番、アンドレイはタクトを振り終えます。観客はうちにしまっていた興奮を吐き出すように「ブラボー」の声、アンドレイがアンヌ=マリーに顔を向けると彼女は滂沱の涙です。アンドレイは政治状況が許さない中、ユダヤ人を交えたコンサートを強行した自分がレアとイツハクを殺したのだという思いが少しは軽くなったでしょう。おずおずと彼女を抱きしめるのでした。

とにかく最後の12分間には圧倒されます。 まずは37~38分ある原曲をわずか12分に切れ目無く縮めた音楽監督アルマン・アマールの力量に感心します。又すでにある音楽にぴったりの映像を組み込んでいく監督の力量、哀愁を帯びた音楽にシベリア抑留の場面を合わせる等などです。アルマン・アマールはチャイコフスキーを切り縮める事に罪を感じ、監督は監督で劇中劇を新に作らなければならないことに夜も眠れなかったと言います。

又この曲を実際に弾いた人はフランス国立管弦楽団のSarah Nemtanu という主席ヴァイオリニストです。次のURLで演奏を見ることが出来ます。http://www.youtube.com/watch?v=8MIeMmigDeE&feature=relmf ラデュ監督と共に出演の番組で協奏曲の出だしから途中までの演奏です。

又ロマのヴァシリを演じた人は本物の演奏家でジプシー楽団、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスのCaliu Angel Gheorghe という人です。両方ともCDを買わなければと思っています。

映画の中のサーシャの台詞ではありませんが、この協奏曲が何時も私の頭の中で鳴り響いています。パリでも公開されて以降、この曲のCDが沢山売れたとのことですが私も庄司沙矢香さん演奏のCDを買った次第。まるでチャイコフスキーが現代に蘇りこの映画のために協奏曲を書いたように思われるのです。

実は私が未だ中学生だった頃、チャイコフスキーのピアノ協奏曲のレコードを毎日のように聞いていました。貧乏だったので小さなプレイヤーでしたが、トスカニーニ指揮、ルビンシュテインのピアノ演奏のものでした。後年アシュケナージのピアノ演奏でのコンサートを聞く機会がありましたが、レコードとのあまりの違いにがっくりきた覚えがあります。演奏家の解釈でクラシック演奏は如何様にも変わることを知らなかったのです。庄司沙矢香さんの演奏も素晴らしいのですが、サラ・ネムタヌさんの演奏に感じられる力強さ、情熱には一歩及ばない気がしました。映画の中のサラさんの演奏には一部音がはっきりしないところがありますが、それすら聞くものを納得させずには置かない迫力と音に艶やかさがあります。

ソビエト連邦崩壊からもう20年が立とうとしています。社会主義とは似ても似つかない、内には国民弾圧、外には各国共産党に対する買収と服従を強いる政策で、映画に出てくるフランス共産党もそれに戦前から迷走させられました。かつてイヴ・モンタンやパヴロ・ピカソ、エリック・サティ、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴンといった知識人を引きつけ、(確か若き日のホー・チ・ミンもいましたね)ナチスに対するレジスタンスで国民の信頼を獲得した党、ミッテランのフランス社会党と共同政府綱領を結び、国の変革に期待を持たせ、イタリアやスペインの党と共にユーロ・コミュニズムを先導した党は今や見る影も無さそうです。EU諸国が偽りの「財政危機」に喘ぐなか、出番は今だと思うのですが、頑張って欲しいものです。

そう言えばこの映画のドタバタ場面で描かれるロシアの今は、ソ連崩壊後に台頭したマフィアと成金が支配している、そうした現実も描かれていると言えなくもありません。世界恐慌はくるのかといった危機の時代を迎えています。そうした背景に思いを馳せつつこの映画を見ることをお勧めしたいと思います。

  • 脚本・監督:ラデュ・ミヘイレアニュ ルーマニアからの亡命経験を持つ、父親も共産主義者でナチの強制収容所からの脱走経験があるという。
  • 音楽:アルマン・アマール
  • アンドレイ・フィリポフ:セルゲイ・グシュコフ
  • アンヌ=マリー・ジャケ:メラニー・ロラン 
  • オリヴィエ・デュプレシ:フランソワ・ベルレアン
  • サーシャ・グロスマン:ドミトリー・ナザロフ
  • ギレーヌ・ドゥ・ラ・リヴィエール:ミュウ=ミュウ
  • イワン・ガヴリーロフ:ヴァレリー・バリノフ
  • イリーナ・フィリポア:アンナ・カメンコヴァ

 

 

 

 


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