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3月11日 今日でもう2年 [震災からの復興]

 未曾有の大災害、それも原発の破壊をも含んだ東北大震災の発生から、早くも2年が立ちました。震災関連死を含めれば、2万を越える方々の命が失われ、今なお30万人以上の方々が避難生活を余儀なくされています。亡くなられた方々には慎んでご冥福をお祈りすると共に、今なお避難生活を余儀なくされている方々に、心からのお見舞いを申し上げたいと思います。

 生活と生業の回復は、まだまだ遠いと思われます。この間の復興予算の使われ方とか、補正予算や、又、アベノミクスに見られるように、復興を真正面に掲げた政策にはなっていないと、私は思います。原発事故については、ようやく東電と国の責任の追及、賠償の請求のための集団訴訟が始まりました。

 故郷の復興と、原発事故の責任追及、長い戦いになるでしょう。それを如何に早急に実現するか、その目標に私がどうかかわれるか、常に考えて行きたいと思います。


高尾山ケーブル駅前で募金活動 [震災からの復興]

昨7日、労山東京都連盟の呼びかけによる東北大震災支援募金活動に参加してきました。昨年10月から3回目の取り組みです。この日は天気もよく薬王院へ初詣に訪れる方々、若者のグループ、家族づれ、中学や高校の陸上部など、沢山来ておりました。しかし、天気が良ければ何時もこんなに人が多いものです。数年前にミシュランの三つ星か何かに選ばれて以降、外国人も多く訪れています。

今回の募金活動参加者は20名近くになりましたが、あまりに寒いので時々交代しながら呼びかけを行ないました。素通りする人が多いものの応じて下さった方々も沢山いらっしゃいました。笑顔の交換があり気持ちの良い活動でした。「故郷ではなく避難場所でお正月を向かえざるを得ない方々が、まだ33万人もおります」との訴えは届いた事と思います。

登山者やハイカーの私たちがこのような活動をするのは異例です。私は頭の中で「どう訴えるか」を考えていきましたので、その通りに訴えました。それに皆が気づいてくれ、今回の責任者の女性が気持ちのこもった訴えをし始めたことが嬉しかったです。

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労山は勿論政治団体ではないので、原発に反対しようとか、宮城県の復興構想批判、政府批判は出来ません。しかしそれをする基盤は、やはり被災者の方々に対する思いを共にすると言うことでしょう。震災から9ヶ月が経過し、被災地から離れたところで生活している私たちはどこかで、震災の記憶を風化させていないでしょうか? 今後はそうしたことにも目を配りながら息の長い支援をしなければと思います。
それに原発のことを考えると被災者は、津波と原発の被害を直接受けた人たちだけではありません。私たち自身の問題になっていくのではと思うのです。

6歳だという哲也君が泣きべそをかいていました。聞けばお母さんとはぐれてしまったとのこと。仲間の一人が駅に走り、もう一人がスピーカーで呼びかけて貰おうと、ケーブル駅に走ります。丁度その放送が始まったときに、お母さんが駆けつけてきました。良かった、良かった。

気持ちの良い一日でした。


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